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2005年 01月 18日

5時46分52秒

地震から10年。
当時リア厨房1年だった。(こらこら、年齢を逆算するのは野暮というもんでっせw)



突き上げるような地震が来たのを覚えている。その後、凄まじい横揺れが一分近く続いて
いた。食器棚からガシャンガシャンと皿が落ちては割れ、落ちては割れている。
オカンが熱帯魚のいる水槽を押さえていた。今、考えたら、アンタは命よりも水槽ですか?とw

揺れが収まった後、70kg近くはあるだろう水槽を俺一人で地面へ下ろす。
落ち着いてから、もっかい場所へ移動させようとするとこれがビクともしないw
火事場の馬鹿力は本当にあるんだな、と思った。

俺の部屋は、元々散らかっていたので、地震後とかわr(ry

揺れが収まって、TVをつけようにも停電で見れない。
ラジオで、阪神高速が倒壊。神戸高速大開駅(アナウンサーがおおびらきえきと言ってい
たのに爆笑する。正しくは、だいかいえきです。)が崩壊。

とりあえず、祖父母の安否が気になる。当然、電話が繋がらないので、公衆電話に行くも
案の定、行列。父方の祖母は、親父の兄貴が自分家へ非難させた事が分かり、ほっと
する。でも、母方の祖父母へは連絡が取れない。

親父の車で神戸市須磨区にある祖父母宅へ急ぐ。道は大渋滞。須磨区も長田区と同様、
凄まじい光景だった。家は、傾斜したり、二階が一階になっている。空気は埃っぽい。
救急車と消防車の音が全然、鳴り止まない。

半日以上かけて、祖父母宅へ着く。
・・・とりあえず、ホッとした。家は半壊で、中に入れた。が、しかし、祖父母は居ない。
懐中電灯で部屋を覗くと、ふすまの辺りで血痕を発見する。不安で不安で仕方が無い。
オカンが近くの公衆電話で、祖父母の安否を確認。ホっとする。あの血痕は、懐中電灯を
探そうとして、祖父がガラスで手を切ったようだった。

次の日、電気が復旧して、TVを見れるようになる。
ヘリコプターから阪神高速倒壊の映像を見る。見るも無残な阪神高速。ぶら下がっている
バス。V字型に陥没している道路。傾斜したビル群。

余震は依然としながら、長田区のゴム工場等の火事による二次災害が勃発。でも、水が
無い。消防車が入らない、足りない。ただただ焼け果てるのを呆然と見ているだけ。

本当に元の生活を送れる日が来るんだろうか?ガス、水、電気は?
一体、いつになったら、余震は収まるんだろうか?
誰もが不安と緊張の毎日を過ごしていたと思う。

それから一年後、祖父は、亡くなった。しばらく俺の家で一緒に住みながら、元の須磨にある
家を電車で往復していたんだけど、復旧や取り壊しの家の埃で肺をやられた。後を追うよう
にして、祖母も・・・。地震さえなければ、俺のじいちゃんは・・・といつも思う。

あれから10年。ちょっと生活が便利になると途端に忘れてしまう。
あの地震のことは、決して忘れない。忘れちゃいけない。
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by hagehume | 2005-01-18 16:50


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